どろろ 第二十一話「逆流の巻」感想
今回の満足度:5点(5点満点中)
(以下ネタバレ)
あらすじ
焦燥感から、身体を取り戻すことに躍起になってしまった百鬼丸は、どろろの言うことに聞く耳さえ持たなくなっていた。
折しも、朝倉の軍勢が集結しつつあり、醍醐の国が戦場になろうとする中にあっても、百鬼丸は鬼神を倒し身体を取り戻すことに固執し、醍醐の国へ向かおうとしていた。
しかし、その動きは景光たちに察知されていた。
景光は、百鬼丸を討つことに拘る多宝丸の意志を汲み討伐に向かわせるが――。
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感想
醍醐の国はこの世の地獄と化しつつあるが……半分以上は、景光たち自身の手によるものではないか、と思ってしまう。
流行り病の発生した村を丸ごと焼く……為政者として、全体を守るためにやむを得ない処置ではあるが、実行を命じられた兵士たちの心には大きな傷が残る。
そしてどうやら、陸奥にも病の兆候が?
小を切り捨て大を活かす。
これは国政のような巨視的な視点においては重宝されるものではあるが……醍醐の国のように、危機に見舞われている小国においては、悪手ともなってしまう。
活かされた大が切り捨てられた小を補ってもあまりある発展をするならまだしも、醍醐の国は火の車が実情。身を軽くするために重い荷物を捨てる旅人はいるだろうが、自分の手足をもいで捨てるバカはいない。
景光たちが行っているのは、紛れもなく後者だ。
景光が祈るべきは、観音像であって鬼神ではなかったはず……と言っても後の祭りだろう。
今の醍醐の国の状況では、朝倉が力押しではなく調略――つまり、民や兵たちを懐柔しようと考えた瞬間に詰みだろう。
……そして残念ながら、醍醐と敵対しているはずの百鬼丸もまた、彼らと同じ轍を踏もうとしているように見える。
「どろろさえ一緒にいてくれればいい」とつぶやく百鬼丸は、大切なものだけを守るために、それ以外を切り捨てようとしてしまっている。自分が人間であり続けることでさえも。
もしこのまま、百鬼丸が人であることを捨ててしまえば、どろろと共にはいられない。気付いた時には遅すぎる。
アヤカシと化したミドロ号を駆る百鬼丸の姿は、どろろの眼にどのように映るだろうか……?