たこわさ

アニメやゲーム、映画・本などのレビュー・感想・情報を中心にお送りする雑多ブログ。

意見の相違は二人の距離を隔てるのか?

その昔「自分の好みじゃないものを褒められるなんてスミダ氏は凄いな」みたいな事を言われた事があります。
機会を逸してしまったので、その方がどういう意味でその言葉を使ったのか聞けずじまいだったのですが、ある人には「あれは皮肉じゃない?」とも言われたものです。
まあ、その真実はさておき、「自分の意見と異なる」とか、「自分の好きなものを批判されている」からといって、相手の意見全否定にする、というのはそれはそれで筋が通らない話だな、と思います。
そもそも私は短気な性質ですので、自分と異なる意見に出会ったとき、まず反感を抱いてしまいます。で、それによって今まで数々の失敗をしてきました。
なので、自分と異なる意見や、自分の認めているものが批判されている場面に遭遇した時には、まず相手の意見の中で筋道が通っている部分を見つけ、そこを「認めた」上で、反論するなり批判するなりするので、構図としては「一部同意しながらも異論を唱える」事が多くなります。
しかし、傍から見るとそういった態度というのは「元の意見に賛成している」ようにしか捉えられないのか、異論を唱えている筈の私に対して「賛成するのはおかしい!」みたいなツッコミをくれる方が時々いらっしゃいます。
そういう時はまず、「自分も基本的には反対の意見なんです」と表明したうえで、「でも、ここの部分は筋が通っているとは思いますよ」と提案するんですが、それは大概逆効果になってしまって、相手は「いや、だからここがおかしいだろう!」とヒートアップしてしまいます。
そして大概の場合、私が提示した「基本的には反対の意見なんです」も「ここの部分は筋が通っているとは思います」も黙殺されて話が進むのです。
たとえ、自分とは異なる意見・立場・嗜好の人間の主張でも、筋が通っている部分については認めるという行為は、一般的には実は異常なものなのかな、と思い悩んだり。