たこわさ

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コンクリート・レボルティオ〜超人幻想〜THE LAST SONG 第24話「君はまだ歌えるか」感想

今回の満足度:5点(5点満点中)
(以下ネタバレ)

あらすじ

超人達は、妖怪や旧き神々と人間から生まれた存在との派閥に分かれ全面対決を迎える事になってしまった。妖怪勢力の盟主となった爾朗は容赦なくその力を振るい、破壊の嵐を巻き起こす。やがて、暴走状態に陥った爾朗は敵味方の区別なく攻撃を始めてしまう。そんな彼を止めようと、輝子が立ちはだかる。超人達は輝子に最後の希望を見い出し、人々のその想いが輝子に今までにない力を与え始める――。

感想

実に素晴らしい最終回だった。問いかける系、考えさせる系の結末だと嫌う向きもあるかもしれないが、本作のそれは常に視聴者に問いかけ、考えさせてきた作風とは裏腹に、実に明確な答えを提示してくれたものだと私的には受け止めた。
爾朗の偽悪的な言動については前回の時点で予想が付いていたが、最終的に里見を「悪」と認定しこれ以上ない「正義」を提示してくれるとは思ってもみず、何とも痺れる展開だった。爾朗が自分の事を「超人」と言い放つ瞬間は、登場人物達と同じく思わず手に汗握り「よくぞ言った!」という気分になった。
爾朗が立ち向かったのは「大人」を言い訳にして「可能性」を――まだ見ぬ希望の未来を否定する冷笑主義に他ならない。奇しくも同時期に再編集版が放映されている「機動戦士ガンダムUC」と共通のテーマになっている点が何とも因縁を感じる。そもそもガンダムという作品のテーマの一つが、「まだ見ぬ可能性」を潰そうとする古い勢力との戦いであり、本作の完結(神化53年=昭和53年)の更に翌年から開始されたアニメである事を思えば、スタッフが全くこの符牒を狙っていなかったとは思えず、明示こそされていないがどこか意識した部分もあったのではないかと思われる。*1

名実ともに作品のヒロインとして成長した輝子、彼女の相棒的立ち位置で世界を見守っていく事になるであろう風郎太、「大人」を演じつつも実際には爾朗の最高の同志であったジャガー、爾朗の「正義」を受け継いだ超人達。彼らの紡ぐ「未来」を観てみたい気もするが……ここまで綺麗に終わった物語なのだから、余韻を楽しみたいという気持ちもあり。氷川へきる氏による外連味溢れるエンドカード位が丁度良いのかもしれない。*2

サブカルチャーだけでなく当時の世相の知識*3を必要とされ、更にはシリーズ構成氏お得意の問いかけ系の脚本も相まって、何とも見る側がエネルギーを必要とする作品だったが、安易な萌えやエロが跳梁跋扈する現在のアニメ界*4にこそ、こういった「熱量」を持った作品が必要だったのだろうと思う。最も、熱量が強過ぎる作品はBD等の売り上げが振るわない場合も多いのだが……。

*1:ただし、あくまでも念頭に置いたのは所謂「冷笑主義」への反攻であり、当初から意識したものではないと思うが。

*2:しかしあのエンドカードの「スペースインベーダー」振りは実に見事である。

*3:例えばNUTSはロッキード事件の暗示であったり。

*4:最も、90年代にもそういった安易な風潮はあったが。