たこわさ

アニメやゲーム、映画・本などの感想を中心にお送りする雑多ブログ。

双星の陰陽師 第五話「十二天将 朱雀 THE GUARDIAN SHIMON」感想

今回の満足度:2点(5点満点中)

原作既読。
(以下ネタバレ)

あらすじ

近隣の小学校で子供達の姿が消えるという事件が発生した。ケガレによって禍野に連れ去られた可能性が高いため、紅緒達は禍野へと赴くが、ろくろも成り行きで共に禍野へと行く事になってしまう。文句を言いつつも紅緒達と協力してケガレと戦うろくろだったが、やはり心の奥底では陰陽師として戦う事への拒否反応があり、一瞬の隙を突かれケガレに捕まってしまう。
その時、颯爽と現れた少年がろくろを救った。強力な陰陽師の技を操るその少年は、陰陽師の頂点に立つ「十二天将」の一人・「朱雀」の斑鳩士門だった――。

感想

作画がほぼ死んでいて、何とも無残な状態だった。特にAパートでのキャラクターの顔が子供の落書きレベルの歪み方をしており、90年代のアニメ粗製乱造時代に戻ってしまったのか、等と益体の無い感想を抱いてしまった。第一話にして作画崩壊していた「テラフォーマーズ・リベンジ」よりはマシかもしれないが……。*1
大量のケガレが駆けているのに砂埃一つ立たないという謎演出は、OPで逆に砂埃が無駄に舞っている事と併せて受け止めると、何ともあほらしい皮肉に見えてくる。
また、ろくろが戦えなくなった理由が原作から大きく改悪されている点が酷すぎた。ろくろは、「自分の呪われた力で誰かが犠牲になる事」を恐れているのであって、ただ単に戦いや人の死を恐れている訳ではないはず。それを、今回は「子供達がケガレに襲われる光景を雛月寮の友人の無残な死と重ね合わせ」結果、恐怖に竦み動けなくなっている、と描いてしまっている。これではろくろがただのヘタレの臆病者になってしまう。原作と180度異なるこの解釈は、流石に許容できるものではないだろう。

士門を本来の出番よりも早く登場させたのには何か大きな理由があるのかもしれないが、今回を観た限りではむしろ原作との乖離や矛盾が大きくなってしまっただけのように見受けられる。士門がろくろに対して厳しいのは、清弦との関係があっての事なのに、その清弦が登場する前に士門を出してしまった事で、士門の態度の意味が大きく変わってしまっている。一応、アバンタイトルで「(双星の陰陽師の名を)知っている」というセリフがあったので、士門のろくろへの態度の裏に師・清弦に纏わるアレコレがあるのは窺えるが……士門がろくろに厳しい態度を取ったのは清弦に起こる「ある出来事」の原因がろくろにあると彼が考えた結果であり、その事が士門をいけ好かないキャラではなくむしろ人情キャラとして演出している事を、今回の脚本担当者や監督は全く理解していないと見える……。

士門を演じる石川界人さんの演技は流石の一言で、実に士門というキャラクターに合っているのだが、作画と脚本の不出来さのお蔭であまりよろしくない初登場になってしまったように思える。

*1:ただし、「テラフォーマーズ・リベンジ」は作画崩壊というよりは塗りを大幅に省略して作画を簡略化していただけの話なのだが。