たこわさ

アニメやゲーム、映画・本などの感想を中心にお送りする雑多ブログ。

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。続 第13話「春は、降り積もる雪の下にて結われ、芽吹き始める。」感想

第一期視聴済み。原作既読ですが、基本アニメで描かれた部分のみの感想とし原作を踏まえた感想は後半部分のみとします。
(以下ネタバレ)

あらすじ

バレンタインイベントの一件以来、以前にも増して八幡に対してよそよそしい態度をとるようになった雪乃。そこに追い打ちをかけるかのように、奉仕部の面々の前に陽乃が現れ、母親の言いつけで今日から雪乃と同居する事になった、と伝えてくる。狼狽する雪乃を見かねた八幡と結衣の助け舟に、含みを残しながらも立ち去る陽乃。しかし、そのまま家に帰れる訳もなく途方に暮れる雪乃だったが、そんな彼女と、そして八幡に結衣は自分の家へ来ないかと誘う。
結衣の部屋で少しだけ落ち着きを取り戻した雪乃だったが、結衣は雪乃に泊まっていくことをすすめ、八幡も時間を置いた方がいいとそれを後押しする。八幡の助言により陽乃にその旨を電話する雪乃だったが、彼女の言葉に結衣と八幡は絶句する。電話口で雪乃が紡ぐ言葉、それは先ほど八幡が口にした助言の丸写しだった。

翌日、バレンタインデー当日。雪が降り積もる中、受験会場へ向かう小町を見送った八幡に、結衣からの電話が。彼女の「デートしよ!」という突然の誘いを訝しがりながらも約束の場所、水族園に向かった八幡を待っていたのは結衣――それと驚いたような顔をした雪乃だった。戸惑う八幡と雪乃の手を引き結衣は歩き出す、「三人で遊ぼう」と。
結衣の意図を量りかねる八幡と雪乃だったが、結衣のエスコートもあり三人での楽しい時を過ごす。しかしそれでも、ふとした瞬間に戸惑いや違和感を覚えずにはいられない三人。
水族園を一通り周り、大観覧車でゆったりとした時を過ごした三人。そして、楽しい時間の最後に、結衣は決定的な言葉を二人に投げかける。彼らの関係を決定的に変えてしまう言葉を――。

感想

由比ヶ浜ママがカットされなくて本当に良かった、と思う訳ですが、それはさておき――。

八幡達が抱いていた違和感。陽乃に指摘されるまでもなく気付き始め、それでも見ない振りをしていた彼と彼女らが抱える問題。劇中の八幡の言葉通り、具体的な言葉で語られる事はありませんでしたが、それでもあからさまな位に描写されてきたことなので、よもやその正体が分からない、という方はいないと思います。
彼の、彼女らに対する想い。彼女らの、彼に対する想い。彼女らの、お互いに向けた想い。同じようで違うそれぞれの想い。彼が彼女らのどちらかに、彼女らのどちらかが彼に、もし一歩踏み出してしまえば瓦解する「楽しい今」。
加えて、雪乃が抱える問題もそこに直結している。彼女は決して空っぽの人間ではありませんが、それでも自分の感情をどう扱っていいのか分からない、論理で答えが出ない局面に対してどうすればいいのか分からない、「自分」というものが分からない。かつては姉に、今は八幡に自分を重ね振る舞ってきた、でも今回ばかりはどうにもならない。八幡だってどうすればいいのか分からないのだから、彼に依存している雪乃に分かるはずもない。結果、今までは彼女なりにアレンジしてきた「物真似」が、ただのコピー&ペーストに――陽乃への電話で八幡の言葉をそのまま転用したように――なってしまった。

だからこそ、由比ヶ浜結衣は「ずるくて卑怯な」悪役になってまで――それは多分、今度こそ八幡に全てを委ねない為に――八幡と雪乃に問いを投げかけた。欲しいものを捨ててしまえば、「楽しい今」を続ける事が出来る、と。自分がその言い訳を用意するから、と。
八幡には、彼が欲した「本物」を諦めてもらう。
雪乃には、彼女が欲した「自分自身の意志」を諦めてもらう。
そして結衣自身は、八幡に対する一途な想いを諦める。
でも、それは同時に実現不可能なものだと、結衣自身が一番よく知っている。何故ならば結衣自身が「勝負に勝つ」事がこの提案の前提になっているから。彼女は今まで、問題を解決する手助けはしても、自分自身で解決はしていないから。だからこの提案が実行される事は決してない。これはだから、きっとただの問いかけ。それでも、甘く抗いがたい、悪魔の誘惑。ガクガクと震える足、何かを耐えるように強く閉じられた唇。彼女がどんな想いでこのような詭弁を口にしたのか、八幡と雪乃にだってよく分かっていたはず。
でもそれでも、雪乃はそれにすがろうとしてしまった。今まで通りの、自分自身の意志なんかじゃない、誰かに依存する事でしか自分を表現できない、楽で辛い生き方を。けれども、そんな事は八幡が許さない。雪乃が自分の未来を他人に委ねることを。結衣をずるくて卑怯な女の子にすることを。
だからきっと、結衣はこうなることを望んでいた。自分の大好きな八幡なら、きっとそうするだろうと。あの笑顔はきっとそういう意味。でもそれは100%ではなくて、心のどこかでは「普通の人達」のようにどこかで折り合いを付けて楽しい時間を過ごすという夢も持っていたはず。だけどそれはただの夢でしかなかった、そう思い知らされたから、涙をこぼした。
結衣の流した涙と笑顔にはもう一つ理由があるように私的には思う。結衣は、手作りのクッキーを「ただのお礼」として八幡に渡した。八幡は「本当にただのお礼なのか?」と聞き返した「お礼ならもう受け取っている。受け取る訳にはいかない≒もし結衣が自分に特別な想いを抱いていてそれを捨てようとしているなら、それを素直に受け取ることは出来ない」と。でも、結衣は八幡の問いの意味を恐らく理解した上で「それでもただのお礼」と強引にクッキーを渡した。結衣は言った「私はもう決めている」と。それは多分、例え自分の問いを二人が受け入れても拒絶しても、どちらにしろ八幡への手作りクッキーは「ただのお礼」として確定してしまう事をも表しているのではないか? 多少穿った見方かもしれないが、少なくとも私はそう受け取りました。*1

八幡によって否定された欺瞞。代わりに成立した、八幡と結衣が雪乃の依頼に応えるという約束。そして雪乃は、今度こそ自分の意志で、八幡の「依頼」に応えると決意し、そしてようやく自分自身の問題を自分自身の意志で八幡と結衣に相談することが出来た。

私は、原作11巻を読んだ時も、今回のアニメ最終話を観終わった時も、同じように「こんなところで終わるのか(待たされるのか)!?」と中途半端な気持ちを抱いてしまいました。ですが、こうやって振り返ってみると、奉仕部の三人が誤魔化し続けてきた自分自身の想いと向き合う決意を固め、ようやくスタートラインに立った、という意味では、実は一つの区切りとしては丁度良かったのではないか、とも思い始めました。*2きっとこれから始まるのはまた別の物語。とはいえ、原作最新刊まで消費してしまった現状においては、アニメ組の方々は原作組よりもはるかに長く待たされることになる訳で。やはりもう少し丁寧にアニメ化して、クリスマスイベントの辺りで終わらせた方が綺麗だったのではないかな、と思いますが。

二期総括というか原作との相違点についての考察というか

さて、以下は原作の内容に大きく触れるものです。アニメと原作が同じ所で「続く」となっているので、ストーリー的なネタバレはほぼありませんが、原作知識を得てアニメの感想にバイアスがかかるのが嫌だ、という方は読み飛ばしを推奨します。

大きな相違点:ヒッキーのガハマさんに対する想い

今回のアニメでもっとも改変、というか改悪された点は、八幡の結衣に対する反応や態度が徹頭徹尾改悪されたことでしょう。具体的に言うと、以前も指摘した「八幡が結衣に対してほぼ赤面しない」点、そして今回の最終回で、結衣に対する想いがこもったいくつかのモノローグがカットされている点、など。
特に、原作者氏がTwitterで呟いていた以下の件、

アニメでは八幡のこのモノローグ、後半部分が完璧に削除されてますよね? それだと取りようによっては「勇者ヒッキーが魔王ガハマの甘言からゆきのん姫を救い出した!」みたいなニュアンスになってしまいます……。実際、少数ですがそのように取っていた方も見かけました。八幡は、雪乃の事も結衣の事も大切だったからこそ、「楽しい今」を否定する事になっても自分自身の信念を突き通さざるを得なかった、というのが原作のニュアンスだったはずですが……。

そしてもう一点、最終回で割愛されてしまった八幡のとあるモノローグと、それによって失われてしまった結衣とのとある会話の真意、があります。
水族園への下りエスカレーターの途中での八幡の結衣への問いかけ、

本当にここでいいのか?

は原作では、かつて約束したデスティニーシーではなく、何故ここなのか? 二人きりじゃなくていいのか? というニュアンスが含まれていました。というのも、八幡は行きの電車の中で、何故以前の約束通りじゃないのか、何故自分はこの誘いを断らなかったのか? と自問自答しています。これは、八幡が結衣に対して一歩踏み込んだことを本当に正しかったのか疑問に思っているとも、自分から誘うべきだったところを(こんな微妙な時期に)結衣から誘われて良かったのだろうか、とも取れます。そして今、こんなに微妙な雰囲気の中で結衣と二人で遊ぶことを了承しても良かったのだろうか? という自問とも。
更に付け加えれば、原作での八幡は「もしかしたらまたいつか(結衣との)約束が果たせる日が来るのかもしれない」とも思ってるんですよね……。
この辺りの真意は、八幡が結衣をどう想っているのか、この時点で八幡はどの程度「楽しい今」という欺瞞を続けようと無意識に想っていたのか、という点によって明らかになるはずですが……原作ではまだ曖昧に描かれています。ただし、アニメですと前述の「八幡の結衣に対する態度の改悪」が行われているので、もしこのシーンがアニメに挿入されていても「本当は雪乃が好きなのに欺瞞を続けるために無意識に結衣の好意を利用している八幡」という図式になってしまいますね。
だから原作とアニメとでは、

由比ヶ浜結衣は優しい女の子だ。そう勝手に決め付けていた

に込められたニュアンスがかなり異なってくるように思えます。アニメだけの描写を見れば、八幡は結衣の優しさを利用していた、ともとれてしまいますね。
だから、もしアニメにおける八幡の結衣に対する反応の徹底した改変が、原作も含めた作品全体の方針だったとしたならば、この時点で(あまり使いたい言葉ではありませんが)「勝敗」はもう既に付いてるんですよね。由比ヶ浜結衣は、八幡にとって大事な女の子である事には変わりないが、同時に彼女の優しさを利用して来た。「楽しい今」を続ける為に。雪乃への想いの正体に気付かない振りをする為に。

まあもちろん、八幡が赤面せずにむしろ困ったような表情をしていた理由が、私が解釈したのと全く別のものだったならば、答えはまた違うものになるはずなんですが……。
ガハマさん派としてはそう願いたいところ。

雪ノ下陽乃の愛憎の正体

やはりアニメでは削られてしまったのですが、バレンタインイベントの時に静ちゃんが陽乃の「病巣」を刺激するようなシーンがありました。陽乃がいつものペースで静ちゃんを呑みに誘うのですが、この時「積もる話もあるし」という陽乃の軽口に対して、静ちゃんは「本当に積もる話があるのなら聞く」と答え、その言葉に陽乃はただならぬ反応を示すんですよ。
これを踏まえると、陽乃が雪乃に対してあそこまで心を抉るような言動を繰り返すのか、見えてくる気がします。

雪乃ちゃんはいつも自由にさせられてきたもんね。でも自分で決めてきたわけじゃない

この言葉の裏を取れば、陽乃は自由にさせられたことはない、とも受け取れます。自由奔放に見え、実際に好き勝手振る舞っている陽乃ですが、生き方自体は選ばせてもらえなかったように。この点は葉山が抱えていた問題によって示唆されているのではないかと思います。能力を持つ者はそれに相応しい人生を歩む事を期待される。歩む義務がある。全てを投げ出して自分自身の為に生きる事は一見簡単だけれども、能力のある者は自分が何を求められそれがいかに重要なのかも分かってしまう。だから……。
陽乃が雪乃に抱く感情、それはきっと姉妹愛であり嫉妬であり期待であり苛立ちであり、自分にはどうにも出来ない事への絶望であり。
少なくとも、ただの愉快犯的悪意ではないのでしょう、多分。

全くの余談

ちなみに、今回のこの展開を見て、私は某人気ラノベの一シーンを思い出してしまいました。詳細は省きますが、サブヒロインが主人公とヒロインにお互いの想いをちゃんと考えてもらいたくて爆弾を投下する、みたいな流れなんですが、主人公とサブヒロインが共有する思い出の一部が、八幡と結衣のそれと被ってるんですよ。
大きく違うのは、主人公が実はものすごく不誠実で、本当はヒロイン一筋なのに嫉妬してもらいたくてサブヒロインと色々と理由を付けていい感じになるも、主人公はモノローグで一切その邪な想いについては語らず、読者に対してさえも嘘をつき続け終始自分を正当化する……という点。しかも作中やファンの間では主人公の卑劣な行動はむしろ賛美されるという謎。
八幡達が苦しみ傷付きもがいて、それでも欺瞞を受け入れられなかった事を思うと、そのラノベは随分と薄っぺらかったなぁ……と。もしかするとオマージュ、というかアンチテーゼなのかな、と思ってしまったり。そのラノベでは主人公とヒロインに尽くしたサブヒロインは一切報われることなく終わるのですが……ガハマさんがそんなポジションに陥られない事を願うばかり。オマージュとかまじやめてねわたりん、アンチテーゼでお願いしますよ。

*1:ただし、八幡はそういった結衣の「言い訳」も含めて否定した可能性もあり。何故ならばそれも「欺瞞」であるから。

*2:Twitterでそのような主旨の発言をされていた方の意見を見かけた事も手伝っている。