たこわさ

アニメやゲーム、映画・本などの感想を中心にお送りする雑多ブログ。

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。続 第11話「いつでも、葉山隼人は期待に応えている」感想

第一期視聴済み。原作既読ですが、基本アニメで描かれた部分のみの感想とし原作の話は補足程度に控えます。
(以下ネタバレ)

あらすじ

三学期、進路を決める時期になり二年生達はその話題で持ち切りになるが、その頃、同じくらいに周囲の関心を集めるある噂が流れ始めていた。曰く、「葉山と雪ノ下が付き合っている」と。
当然、当の葉山も雪乃もそれをきっぱりと否定。葉山が初めて見せた怒りの表情に、葉山の周囲の人間は否応なく納得させられたものの、学内の口さがない人々の噂は収まらない。
その噂と、葉山が自分の進路を明かしてくれない事に彼との距離を感じ、不安に陥った三浦は奉仕を訪れ、雪乃に真意を問いただすと同時に葉山の進路を調べてほしいと依頼してくる。そんな三浦に対して、雪乃は相変わらずの冷徹な正論で彼女をやり込めてしまう。
見かねた八幡は三浦に問う「葉山自身が進路を知られる事を望んでいなくても知りたいのか?」と。それに対し三浦は涙ぐみながら「それでも知りたい。自分にはそれしかないから」と切なる願いを口にする。その三浦の様子に八幡の気持ちは固まった。
「わかった、なんとかする」と――。


感想

八幡は色々な出来事を通して、三浦が決して高飛車でいけ好かない女ではなく、心根は純粋で脆い所もあって、それでいて姉御肌なので困っている人は放っておけない「いい奴」だという事を知ってるんですよね……。アニメでは結構カットされているので、アニメ組の方々にどれだけ伝わっているのかちと疑問ですが(苦笑)。だから、やり方はあまり変わらなくても、今回八幡が依頼を受けた動機自体は、今までと少し違うんですよね。それを成長と呼ぶかどうかは別として。
当の葉山は、能力を持つ者、輝きを持つ者の宿命として、自分自身が何かを選んでいくのではなく、周囲の期待に応えそれを実現する――つまりは「選ばされる」人生を送ってきた。だからこそ周囲の人間には「選ばせる」事をしない、といった所か。もちろん、彼は「選ばされる」人生自体を間違っているとか悪いとか思っていませんし、自分がそれを貫徹し人々の期待に応えられる事を知っている。でも、だからこそ自分とは正反対に「選べなかった」人生を送って、それでも独自の哲学を貫く八幡に一目置いている――というか、雪乃の事も含めてそうあってもらわなければ困るのでしょうね。

それらを踏まえると、八幡の「俺もお前が嫌いだよ」という言葉は葉山にとって何より嬉しい言葉だったように感じられます。八幡も今まで葉山が「いい奴」であり彼が期待に応える人間である事を頼っていた(利用していた)ような面がありました。だから、せめて自分だけは葉山に期待などしてやらない。理想を押し付けたりなんかしない。自分にとってはただの葉山隼人しかない、と言いたかったのでしょうね、彼の為に。あれなにこれヒッキーさん葉山の事好きすぎでしょう。もしかして「青春ラブコメはまちがっている」って性別的な意味で間違っているという事か!? 海老名さーん! 出番ですよー!(ぉ

あと、この場面のちょっと前、葉山が雪乃に「君は少し変わったな」と言うくだり、あそこで雪乃は八幡に視線を送りますが、原作だとちゃんとその場に結衣もいて、雪乃は八幡と結衣に感謝を込めて視線を送ってたんですが……何故改悪したし。雪乃が結衣を何とも思ってないように見えるじゃないですか……。

さて、保健室で見つめ合う八幡と雪乃の姿は、もう完全にフォーリンラブでそりゃあガハマさんもずっとドアの外にいたのにさも「今来ました!」みたいな振りをしますわな……可哀想に。でも、葉山の「もう陽乃さんの陰は追っていない。でもそれだけだ」「気付いてないのか?」という言葉が意味するところを考えると……一筋縄ではいかないような。ディスティニーランドで雪乃が漏らした「いつか私を助けてね」という言葉も単純に異性としての関係を八幡に求めていた訳じゃないでしょうし。なにより、雪乃が八幡に依存した今の状態のままで恋愛関係になっても、それは雪乃の問題を解決する事にはならないような。
そしてそれら状況に付随して、どうしても気になっている事があります。

デレる八幡、デレないヒッキー

八幡と雪乃の間に恋愛感情が有るにしても無いにしても、この第二期で徹底的に貫かれたある描写が非常に気になっています。それは……八幡が結衣に対して殆ど「赤面」していない事。
陽乃やいろはに対しては普通に赤面していて、もちろん雪乃に対しても見とれたり照れたりして赤面している八幡ですが……何故かガハマさんには殆ど赤面していない。例外的に「ヒッキー君は何が欲しいのかな?」のくだりで赤面しているけれども、あれはガハマさんに、ではなく自分の発言を思い出して恥ずかしくなったからだし。
ガハマさんに接近されたりアピールされたりした時の八幡の反応って、困ったような顔で汗かいている、というものが殆どなんですよ。警戒している、ともとれるような、そんな微妙な表情。これ、原作が雪乃エンドに向かう予定で、アニメでもそれに合わせて八幡がガハマさんに恋愛感情持っていない事を示す為にやっている演出だと思っていたんですが*1、ここに来てちょっと疑問が湧いてきました。

八幡がガハマさんの想いに応える気が初めからない場合、彼が奉仕部の今の関係を長続きさせるためだけにガハマさんとの「二人でどこかに行く」という約束に対して肯定的な返事をするとか、雪乃の誕生日プレゼントを二人だけで買いに行こうとするとか*2して彼女と良好な関係を築いておく、そんな策を弄するのかな、と。明らかに下策ですから。
仮に雪乃に恋愛感情を持っているとして、それを表出すれば今の奉仕部は失われてしまうから、たとえ彼の欲する「本物」とは程遠くても、小さな嘘をつき続け現状を維持したいという二律背反を八幡が抱えている、というのは非常に納得できる話です。しかし、現状を維持したいだけならば結衣に対して一歩も二歩も踏み込む必要はなく、むしろ踏み込んでくる彼女に対してのらりくらりと躱し続け、誤魔化し続けた方が遥かに効率的ですし、結衣の想いも雪乃の想いも決定的に踏みにじる事態には発展しないはず。
だから、結衣に対して一歩踏み込むのはただ単に崩壊を早めるだけの行為であって、小さな嘘をつき続けて奉仕部の現状を長続きさせようという想いとも、「本物が欲しい」という彼の願いとも、大きく矛盾するんですよ。どうにもそこら辺、違和感を覚えるというかどう処理するのか気になるというか。

上記を踏まえると、結衣に対して恋愛感情を持っていない事を表現する為というより、むしろ八幡が結衣に対してのっぴきならぬ想いを抱いていて、それが本物なのか偽物なのか、予断を交えずに真剣に考える為にあのような表情をしている、と解釈した方が自然なのではないかな、と思ってしまったり。

以下、原作を踏まえたヒッキーのガハマさんへの想いについての邪推

原作ネタバレ含むので、アニメ組の人はこれ以降読み進めない事をお勧めいたします。



さて、原作ではいつの頃からか、八幡はモノローグで結衣の事を「素敵な女の子」だとかはっきりとした言葉で魅力的な異性だと認識している事を表明するようになっています。確か、生徒会長選挙辺りからだったと記憶しています。
そして八幡は結衣からの好意を感じる度に、自分が彼女に好意を持ったとしてもそれは彼女が自分に好意的な女の子だから生じる反射でしかなく勘違いしてはならない、等と言う理屈を付けて、常に自分のその場その場で感じるときめきに疑問を呈し否定してきました。で、そこにきてモノローグで結衣の事を素直に「魅力的な女の子」、と表現するようになったのは、ある面から見れば彼女への好意を常に抱くようになったので「それは彼女が自分に好意を寄せてくれている魅力的な女の子だからだ」という言い訳の為の理屈付けを補強した結果、とも受け取れます。
そうやって解釈すると、八幡はもう理屈を補強してごまかすしかない程に結衣に対して好意を抱いているのでは? という仮説が浮かび上がってきます。自分が彼女に好意を抱いているのは間違いない、だけどそれは彼女が自分に常に好意的でありかつ彼女自身が魅力的という恒常性に基づくものであって「本物」ではない。そのように自分に言い訳しているようにも。

ただ、アニメでも強調されているように、八幡は雪乃に対しては常に照れだとか見惚れるだとか、そういった態度を隠す事が出来ていません。普通に見れば、八幡は雪乃に対して恋愛感情を持っているようにしか思えず、結衣の八幡に対する積極的なのにどこか遠慮がちな態度もそれに起因してるはずでしょう。ただそうすると、前述のように「アニメで八幡が結衣に全く赤面しない」という矛盾をはらんだ演出がやはり理解できず……。もちろん、ただ単に私が指摘したような矛盾点を制作側が欠片も認識していないという、脚本の粗さが生み出した齟齬、という可能性も捨てきれませんが。

八幡の雪乃と結衣に対する想いの正体はなんなのか? それは本物なのか、偽物なのか? 片方が本物でもう片方は偽者なのか? それとも全部……。良質なラブコメ作品が結末に向けての「つじつま合わせ」に失敗して駄作に堕ちていった例も少なくありませんから、せめて本作にはそのような事が無いように、切に祈るばかり。誰が選ばれても、誰も選ばれなくても、幸せな結末になっても、苦い結末になっても、物語が物語としての整合性を保ち饒舌さを失うことなく終わってくれれば、きっとそれは愛読者にとって真っ直ぐに受け止められるものでしょうから。


なお、比類なきガハマさん派であるワタクシはガハマさんが選ばれなかった場合発狂(ry

*1:近年の未完結ラノベでは、原作完結と同時期にアニメも完結させる手法が流行っているようで、前半は非常に丁寧に描いていたのに、後半はその結末に沿うようにつじつま合わせする為に、矛盾ととられかねない原作の描写をカットしてしまったり、前半と後半とで人物の言動や性格が全く変わってしまう、なんて例が多々見受けられます。第一期は凄い人気だったのに、第二期で尻すぼみになってしまうなんて例を。特に電(以下、自粛

*2:原作からの補足で恐縮ですが、小町を同行させたのはガハマさんの方だったりします。アニメではそこら辺の事情はカットされていたので、もしかすると「矛盾点」を潰す為にカットしたのかもしれませんが。