たこわさ

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「イミテーション・ゲーム」感想――ある男の人生という名の暗号

時は第二次大戦下。
英国屈指の数学者アラン・チューリングはその実MI6の諜報員だった。ナチスドイツの秘密兵器「エニグマ」の探索と破壊を命ぜられた彼は、愛銃一丁と持ち前の頭脳を武器に、激戦下のヨーロッパを駆け巡る――。

という妄想を観る前に繰り広げていたのですが、もちろん上記のような話ではありません


第二次大戦下、連合軍を翻弄したナチスドイツの暗号機「エニグマ」。その暗号を解くために、主人公である数学者アラン・チューリングと仲間達が頭脳を駆使し、精神をすり減らしながら解析を進めるというのが作品のあらまし。

アラン・チューリングと言えば、一般的には知る人ぞ知る、コンピュータの歴史を学ぶ人間にとってはそれなりに馴染み深い人物です。私は浅学につき、彼の基本的な功績――現代コンピュータの基本理論を確立した人物である、という位の事しか知らなかったのですが、後年になってあのスティーブ・ジョブズも崇拝していたという話を聞いて以来、興味をひかれる存在となりました。彼の半生については謎な部分が多く、ミステリアスな最期を遂げている事もあり、多くの人々が魅了される神秘的とさえ呼べる存在です。


チューリングと仲間達が立ち向かう、ドイツ軍の誇る「難攻不落」の暗号機「エニグマ」も一部の人間にとっては馴染み深い存在かと思います。解読不可能と言われたその「エニグマ」の完全性が、いかにして解体されたのか。ただそれだけでも、物語としては魅力的な題材でしょう。

しかし、本作はそれに留まりません。不遇の天才アラン・チューリングの人生を、一人の人間の苦悩と葛藤の日々を見事に謳い上げています。実にアクの強いチューリングという人物を演じるのは、英国ドラマ「SHERLOCK」で現代版シャーロック・ホームズを演じ注目を浴びたベネディクト・カンバーバッチ。同作品でのシャーロック(ホームズ)は、高すぎる知能故に凡人の考えが理解できず感情の機微も読み取れない、論理のモンスターでしたが、アラン・チューリングも同じく「モンスター」とでも言うべき恐ろしい存在であり、カンバーバッチが演じる事はむしろ宿命づけられていたのでないか、とさえ思えてしまいます。

本作においてチューリングは、有能であるがゆえに他を寄せ付けず孤立するも、その事が原因で行き詰ってしまいます。しかし、そこに彼の事を深く理解し「愛」を向けてくれる女性・ジョーンが現れた事で彼の世界は一変し、仲間達との信頼と絆を獲得し、力を合わせて見事に「エニグマ」の暗号を解読してみせる。しかし、そこからが彼らにとって本当の戦いの始まりであり、またチューリングが抱える「ある問題」が次第に彼を追い詰めていく……。

本作は、上記の通り「エニグマ」と戦う人々の物語であり、またチューリング個人の物語でもあります。チューリングの過去・現在・未来を語る為に、本作では「エニグマ」相手に悪戦苦闘する青年時代と彼の人生を決定付ける少年時代、そして後年の彼を描く第三のエピソードという三つの視点が目まぐるしく入り乱れ――しかし有機的に結合し――描かれています。「現在」のチューリングの突飛な行動の原因が、挿入される少年期のエピソードで明かされ、また「後年」の彼が陥るある危機の、その原因が「現在」の彼を描くことで明らかになる。チューリングという男の物語を一本筋で描くのではなく、バラバラのピースに一度分解し、ある時間軸での謎が別の時間軸で明かされ、そこからまた連鎖的に新たな謎が生じ――という、ある種のパズル的というか、本作のテーマである「暗号とその解読」のように描いています。

チューリングという一人の男の人生、そのピースがすべてそろった――彼の人生という暗号が解読された時に、観客は真に彼の事を理解する。そんな絶妙な構成が本映画の一つの見所であると思います。そして皮肉なことに、彼という人間を理解したのと同時に、観客は彼に別れを告げなければならない。チューリングの生涯を描いた映画なのだから、当然の事ながらその最期まで描かれる事でこの作品は完結する。チューリングとの別れに際し観客が抱く感情、それはきっと多くの人が共通で抱くもの。それがどんなものなのかはここではあえて語りませんが、劇場ではエンドロールが始まっても席を立つ者は少なく、恐らくは多くの方が涙を禁じ得ない、そんな感情に支配されていた、という事だけ伝えておきます。

本エントリー執筆時には既に殆どの映画館で上映が終わっているでしょうが、是非ともBlu-rayなどをレンタルしてでも観る事をお勧めします。