たこわさ

アニメやゲーム、映画・本などのレビュー・感想・情報を中心にお送りする雑多ブログ。

たかだか十二分の一

漫画家の糸杉柾宏氏 『中二病でも恋がしたい!』と『AURA』の設定が似ている問題について語る|やらおん! 漫画家の糸杉柾宏氏 『中二病でも恋がしたい!』と『AURA』の設定が似ている問題について語る|やらおん! 漫画家の糸杉柾宏氏 『中二病でも恋がしたい!』と『AURA』の設定が似ている問題について語る|やらおん!
上記の件、ブクマでもコメントしたけれども何だかモヤモヤするのでこちらで追記。
私は残念ながらどちらの原作も全て読んでいるわけではないので、パクリ云々に関しては言う事はありません。ただ、アニメの第一話、言ってみれば「たかだか十二分の一」が酷似していたからといって、仮にも創作家である漫画家さんがパクリパクリ連呼する(直接「パクリ」という言葉は使っていないけれども文脈からして実質言っているも同じ)事の浅はかさに強い違和感を覚えました。
あまつさえ、「原作を読んでいるのか?」という質問に対して「読む必要あるんですかね?」という返答。もしかしたらご本人は「第一話の時点での感想を言う為に原作を読まなきゃいけないんですか?」という意図で返答されているのかもしれないですが、

「元中二病の主人公が過去を捨てて高校で普通の生活送ろうとしたら絶賛中二病患った女の子が現れて、そのお守りをさせられる話」といえば?AURAだよ。どう考えても。誰が見ても。どうストーリーが変化しようとも。書く人が違えばストーリーは変わるけど、設定は動かしようがない。

第一話で判明した「設定」が酷似しているからたとえ今後のストーリーがどう変化しようとパクリ疑惑は消えない、というニュアンスを多分に含んだ発言をされています。これはいただけない。
分りやすい実例を出しましょう。

  • 世界初の仮想現実空間を利用したRPGが舞台
  • ただのゲームのはずが、開発者の企みにより「ゲーム内の死」が「現実での死」とイコールになってしまう
  • 脱出=ログアウトするにはゲームをクリアするしかない

さて、上記設定に当て嵌まる電撃文庫の作品のタイトルは?
――「ソードアート・オンライン」と答えた方、正解です。でも私の答えは違います。私が上記設定から連想するのは「クリス・クロス」です。
上記2作品はプロットだけみれば非常に酷似しています。ですが、どちらの作品も知っている方ならば、「この二つは全然別物」という認識を得ているはずです。私も「ソードアート・オンライン」のアニメを観始めた頃は「パクリなんじゃないの?」とか思ったのは事実ですが、1クール目まで観たところ全く趣の異なる作品である事を理解しました。
「物語」というのは「設定」だけでは成り立ちません。キャラクターが居て世界観があってストーリーの流れがあってさらにはそこに作者独特の語り口調が加わって、と実に様々な要素で構築されているものです。そしてその「物語」の全貌という物は、結局の所作品を最後まで観てみないと分りません。
「全部観てから」とか「原作読んでから」というのは言葉が過ぎるかもしれませんが、願わくば糸杉氏のように創作に携わる方には、「たかだか十二分の一」を観ただけで作品全体の価値を決め付けてしまうような、短絡的な発言は控えていただきたいな、と何も生み出せないオッサンオタクは思うのでありますよ。