たこわさ

はてなダイアリーから移ってきました。暫くの間、レイアウトの乱れやリンク切れ等あると思いますが、ご容赦を。

オタクとして軸がぶれている

またとんでもないものを書いてくれましたw
何がとんでもないのかは、リンク先テキストとはてなブックマークのコメントを読めば恐らく了解していただけると思います。
それはさておき。
私はシロクマさんとは同年代*1なので、こちらのテキストを読みながらシンパシーを感じたり「同じ頃自分は●●●だったなぁ」と感慨にふけったりと、色々なオタクとしての感情を呼び起こされたんですけれども、同時に劣等感にも似た何かを感じるんですよね。「果たして自分はオタクとしてのアイデンティティに真摯に向き合ってきたのか?」という意味において。
私が信頼しているネット上の書き手*2の方々って、「●●オタク」という土台を持っている方が多くて、世のオタクの例に違わず時折多方面へ食指を伸ばしつつも、やっぱり「帰る場所」がある印象なんですよね。上記のシロクマさんの場合、STGオタクとしての姿勢に安定感すら感じますし。
で、そういった方々を前にして「じゃあ自分は何オタクを土台としているの?」と自問してみると、これが困った事に明確な答えが返ってこない。明らかに自分はオタク、しかもガチオタの部類に入るはずなのに、土台となる部分が見当たらない。
これを端的に表しているのが拙webサイト。驚いたことに1998年頃というネットが盛り上がり始めた時期から運営しているこのサイトですが、まずは自己紹介と掲示板だけからスタートし→MIDI→日記→Gガンダム→ゲームレビュー→TRPG→漫画家ファンサイト→ミステリレビューと節操なくコンテンツが増えていき、その内はてなでこのブログを立ち上げてどれも中途半端に放置状態のまま現在更新お休み中(=潔く閉鎖する程のエネルギーもない)のまま今に至る、という「お前は一体何がやりたいんだ?」状態となっております。
もちろん、コンテンツとして存在したそれぞれのジャンルの中には一家言あると自負できるものありますが、「じゃあそれがお前のオタクとしての土台なのか?」と問われると、困った事に即答しかねるという。
なので、「オタク」というものについて考える時、『きっとガチで、好き好んで、世間から後ろ指指されつつ、全力で自らのオタクアイデンティティの確立に勤しんでいるオタ諸兄から見れば自分は「ヌルオタ」なんだろうな』という劣等感にも似た感情が湧いてきてやまないのです。*3
とはいえ、同時にこうも思うのです。「本当の意味での『ガチなオタク』と呼べる人は、実際問題どれだけいるのだろう?」と。
もちろん、何を持って「オタク」認定するのか、どこからが「ガチ」でどこまでが「ヌル」なのかという定義付けは必要でしょうが、私のような「根無し草の憂鬱」を抱えないで「自分は●●オタクだ!」と地に足をつけて宣言できるオタク貴族の方々は、どれだけ存在しているのか。もしかして、私が思っているよりも「本当の意味でのガチオタ」は少なくて、私がオタクとしての劣等感を抱く必要はないんじゃないか? と。
しかしながら、私が「地に足がついたオタク」と思っているシロクマさんでさえも、「ヌルい」と断ずる剛の者も世の中にはいるようで。世の中上には上が居る、という事なのでしょう。
是非とも、そういった方々にも濃厚で質実剛健なガチオタとしての半生を赤裸々に綴っていただきたいところです。それこそ、根無し草オタクへの啓蒙になるような、強烈なヤツを。*4

*1:私の記憶が確かなら。同い年ではなかったはずだけど。

*2:あえてブロガーという言葉は使わない。

*3:それもあってか、私は職場やら公の場ではオタ趣味は決して出しませんし(出さない事とバレていないことが同義でない事は了解いただけることだろう)、テレビやら街中などで「お前ら」を見かけるととてもやるせない気持ちにさえなります。どこかでオタクを蔑視し否定した冷めた自分もいるのです。

*4:ちなみに、社会性を完全に放棄し「境界の向こう側」へと行ってしまった方々は、私の中ではガチオタを通りこして「神か悪魔か」とでも呼ぶべき存在なので、そもそも比較対象外であるのは言うまでもないことでしょう。