たこわさ

アニメやゲーム、映画・本などのレビュー・感想・情報を中心にお送りする雑多ブログ。

池田信夫氏がまた何かのたまっているようです

http://ascii.jp/elem/000/000/105/105389/
「匿名の卑怯者」によって日本のブログでは言論が壊滅している、というのが氏の主張らしいが……。

先日、はてなブックマークで私の記事に「死ねばいいのに」というタグをつけた者がいたので、はてな近藤淳也社長に抗議したところ、侮辱的な表現を執拗に書き込むユーザーについては対策を検討している、との返事が昨年12月11日に来た。しかし、具体策は今のところ取られていない。

荒らしは確かにむかつく。「死ねばいいのに」という言葉も、私も時折使ってしまうが、やはり乱暴な言葉だろう。だが、本当に元のエントリーが理路整然としたものだったならば、余程のアレでない限り、「死ねばいいのに」というコメントが無価値であり元エントリーこそが価値ある言葉であると、判断が付くはずである。
そこで、それら「無責任な野次」に過剰反応してしまうということは、それら野次をどこかで認めてしまうことにも繋がるし、反応してしまった時点でそれらに価値を与えてしまう事にもなる。
氏の言うような

はてなが「イデオロギーとか政治にかかわる」発言を封殺する暗黙の言論弾圧の装置になっていることに、彼は気付いているのだろうか。

など氏の被害妄想と言っても過言ではない。氏は、恐らく「炎上」の事をさして上記のような意見を示しているのだろうが、そもそも「炎上」という現象自体が、元エントリーに何らかの欠点――多くは特定の人々に不快感を持たせる――要因があるからこそ発生するのであり、また「炎上」したからと言って全てのコメントやトラックバックが元エントリーに対してネガティブなものだけとは限らない。
「無責任な野次」に封殺される程度の論理ならば、それはやはりその論理自体にどこか綻びがあるのだとは、考えられないのだろうか?
思うに、氏は「外野からの無責任な野次」であるところの、名無しさん達の煽りコメントを真剣に受け止めすぎなのではないだろうか? それらが無価値どころか害悪であると論じる氏自身が、他の誰よりもそれらに過敏に反応しているように見受けられるのは気のせいだろうか?
ちなみに、氏は固定的なハンドルネームが使用されているコミュニティならばこういった事態は起こりにくい、ような事を書いているが、比較的閉鎖的で実名性の高かった初期のmixiでさえ、オープンなブログと同じような「炎上」状態は多々見られたわけで。なんともはや。
感想とも反論ともつかないが、氏の論調に大きな違和感を感じたので、思うままに書いてみた次第。文体がおかしいのは、ご愛嬌という事で。